ヒーリングセッションってどんなもの?というお問い合わせに、お返事でお伝えしていることの一つをここでもご紹介します。

 

わたしの現時点でのセッション観は、以下のようなものです。

 

ヒーリングの「セッション」と言いますが、他のジャンルの「セッション」という言葉には、どんなものが思い浮かびますか。stock-photo-1974455-cosmos-flowers

音楽のセッションなど、お好きな方も多いかもしれません。

プレイヤーが対等にコラボしている様子など、イメージが湧くのではないでしょうか。

 

それと同じように、ヒーリングセッションでも、クライアントとプラクティショナーのコラボという性質があります。

 

もちろん、助けの手が必要だからセッションをお申込みいただいているのは、プラクティショナーとしてよくわきまえています。

一人で乗り越えられない問題があることは、すこぶる自然なことです。

 

そのコラボともいうべきセッションでは、私はご本人の変わりたい意欲、先に歩んでいきたい情熱、いのちの輝きにフォーカスしつづけています。

クライアントの方が、癒すのはヒーラーと思い込んでいたり、ヒーリングなんておまじないのようなもので、きっと変わらないだろうなあ、と思ってらっしゃると、その方に何も変化がおこらないからです。

例え、クライアントの方にそういう部分がなにかしらあったとしても、それを超える生きている本質にプラクティショナー側が目をむけていることが大切だな、と思うのです。

そもそも、スピリチュアルなヒーリングは、クライアントとプラクティショナーの神聖さが敬われているからこそ成立するものです。

幸い、サロンにご縁を感じてセッションやセミナーを申し込んでくださるお客様は、変化を望む方ばかりなので、毎回、最高最善に進んでいっています。

 

入り口はお悩み相談だけれど、いつのまにか出口はご本人が自らの神聖さに出会う機会になる。

ちょっとキレイな言い方になってしまうけれど、私にはそんなふうに感じます。

それが、現時点でのわたしのヒーリングセッション観です。

 

 

そういえば、サロンにお見えになって顔をみるなり泣き出したり、座った途端に泣き出したり、ご自分でもわからず泣いてらしたりと、セッション前やセッション中に、涙が溢れる方もいらっしゃいます。

まあ、そういうこともあるようです。

落ち着かれてからセッションをはじめますので、どうぞご安心ください。

 

《おまけ》

涙続きで、興味ふかい記事のご紹介。

涙を顕微鏡で覗いてみたら「感情」によって形が違っていた