先日、シータヒーリングで出会った友人とお喋りしていた時、「私こんな黒歴史もあったんだよね〜」という話になりました。

 

これをお読みの方には、ご自身の黒歴史ってありますか。

いわゆる「お墓の中まで持っていかなくては、と決めている大切な秘密」のことです。

大抵おぞましかったり、苦しかったり、忌むべき恥部のようなこと。

人には良心があるから、良心があればあるほど忌むべきことのように感じられて本当に苦しいです。

 

シータヒーリングのセッションでは、7層の無条件の光のエネルギーのなかでセッションが行われるので、流れの中で自分にとってその出来事は何をもたらしたかというところまでたどり着き、解放し宝を得ることができます。

 

シータヒーリングについて詳しくお知りになりたい方はこちらをお読みください。

 

ELLY99_pinkironohasunohana500-thumb-260xauto-3646忌むべき秘密を自分でひらき、その秘密に真実の光があてられ、解放されていくまでの、恐怖とネガティブな感情の渦、そして、もたらされる癒しの深さと爽やかさと軽やかさといったら。。

何度繰り返しても、奇跡の癒しだと感じます。

 

そして「自分に向かいあう」ことは大切だけれど、本当に痛いことはセルフワークではみることができないことも,たくさんあります。

私たちにとってお互いの存在が本当に必要ということが、自分の忌むべき黒歴史をひらいていく癒しを体験することで、一層深まっていっています。

 

この記事の最初の会話の続きは、お互いクリアーになった(今では感情的にならずにその出来事を観たり扱える〜感情の自動スイッチを押されなくなる)黒歴史を、次々シェアしたのでした。

どういう願いがあってその体験をしたかったのか、お互いそれは本人にしかわからないことだけれど、かつての体験をにこやかに爽やかに語るゆとりを、私は友人に感じたのでした。

 

善悪で裁くだけでは解決しない、自分でどうしようもない感情は、そのまま埋めておくとどんどん自分を痛めていきます。

だからこそ自分をひらいていく癒しは、何より自分のために必要。

 

また輪廻転生という視点からみると、お墓までもっていったテーマの中には、来世の課題に持ち越されることもあります。

つまりいつの日かクリアーするまで、延々と繰り返されることでもあるので、もしかしたら今抱えているテーマは過去生でも向き合うことを避けていたことなのかもしれません。

勝ち組とか負け組っていう言葉がありますが、現世の社会的ポジションという観点を越え、霊的にみると自分の課題にとりくんだか、避けたかと言う意味でいえるんじゃないかな、と感じることもあります。

その辺がピュアにあらわれるのが、自分にとって忌むべき黒歴史の取り扱い、とみるのも一つかもしれません。

 

何故なら、この世で幸せに生きるのが私たちにとって一番の望みだから。

自分の黒歴史がひらかれてクリアーになった時って、本当に世界が明るくなるんですよね。

私も世界が明るくなっていっている最中です。

素直に幸せに生きよう!って認めるのを、こんなに自分で困難にしていたとは。。

自分でもちょっとおかしくなります。