先日数人でお話しているなかに、阪神大震災当時に、神戸市の隣の区にいらした方にお会いしました。私は住んでいたのですが、その方は前の日に神戸の友人に会いにきたのだそうです。
そこから、災害に備える心得みたいな話題になったのですが、ある方が「だから私は、いつでもその人と会えるのは奇跡だと思っているのよ」とおっしゃいました。
私は震災の日以来二度と会えてない人達がたくさんいるので、その後かなり長い間、誰かに会って別れる時には「もうこれで二度と会えなくなるのでは」という恐れから、渾身の想いで人とつき合っていたことに話していて気づきました。だからいつもヘトヘトで、ほどよい加減がわからなかったのです。
被災など大きな出来事に遭うと価値観が変わり100%で生きるようになった、とよく言われます。でも私の場合、ちょっと100%の方向が違っていたのです。
でも様々な道のりを経て、だからこそ今は「今会えたんだから、今会えてる幸せをもう思いっきり楽しんじゃおうって思うんですよね」〜とニッコリ言っていました。
自分の意識の変化自体に気づいたのが初めてだったので、一体どこがどう変わったのかなあ〜と思いました。気づいたら癒やされていたけれど、私にとっては大きな違いです。
それで観察するに、
ショックで凍りついていた感情は、例えていったら自分の温度を極限まで下げていたのです。私たちは冬眠はできないけれど非常事態に対応して最小限のエネルギーで生きようとするのは、生き延びる本能のようなもの。
そしてその頃は恐れとか不安がいつでもいつでも馴染みがありました。これは最も波動が低いと言われるものです。当然体温も下がるし、身体エネルギーの健やかさには負担をかけるし、生きていくのはしんどい。
そしてその氷河みたい気持ちが、その後の様々な出会いからだんだん氷が解けてきて、水になって流れ出し、時には蒸発したりして、自分の温度が上がってくるにつれ、違うように感じられるようになった。
温度の違い、それだけのこと、といったらもしかしたら自分に失礼かもしれないけれど、とにかくそういうことだとわかったのです。 波動が高いとか低いは善悪ではなくて、まあ健康にはいい悪いはあるし、それゆえ編まれていく人生は変わってくるけれど、今がそういう状態にある、ということ。
「北風と太陽」のお話はよく知られているものです。
私は体験を通して
気持ちが凍りついた時、人はどうなるか
そして暖かさが溶かしていくとどうなるか
どちらも同じ感情というエネルギーの違った姿だということ
時に怒りが(って赤くて温度高そうですよね)癒しの道のりにでてくることもあって、癒しに必要なステップとしての自分の怒りを怖がることもある
私の中に長くあった、自分の怒りを怖がるという体験を通して、それも熱のチカラなんだ
水のチカラと熱のチカラ
そう観えるようになりました。
自分のチカラって世界で一番怖いものなのかもしれない。
誰もがあまりにもスゴいチカラがあるなんて、これこそ世界のオカルト(隠されたこと)ナンバー1かもしれないな
なんてふと思いました。
そして、私はどの段階もどの段階もスキップすることなく自分自身で体験したかったのだと感じます。
一人一人が、今どんな段階にあろうとも、いつでも尊い瞬間だとはっきり体験したかった。
そっか、私は望み通りの人生を歩んでいる最中。いい人生だなあ〜って今思うのです。