スピリチュアルヒーリングは、とかくつかみどころがない感じがするかもしれませんが、ある角度からみるとこんなたとえ話でも説明できるかもしれません。

 

005773_li目に見えない部分まで含めた(潜在意識から魂の記憶まで)自分自身の身体エネルギーフィールドを自分の部屋に例えてみます。

自分のお部屋のなかに、なんだかわからないものがあったとします。

なんだかよくわからないから、そのままにしておくというのもあります。片付けようと白色の箱にいれてポジティブ!ってラベルを貼ったり使ってみたり、黒色の箱にいれてネガティブってラベル貼って活躍させたりします。全く気づかず部屋に浮遊してるものは、まあそのうち埃が床に落ちて気づくかのように、いつか視界にはいってくるかもしれない。。

 

私たちのモヤモヤした気持ちとか、ザワザワする落ち着かない想いは、かつて自分で箱にいれたものが中から出して!という呼びかけだったり、ぼんやり視界にはいってきたものがささやくことがあります。体調の悪さやお悩みといった姿で自分が気づくよう呼びかけられることもあります。

『よくわからない』ラベルのついた箱のなかにあるものは、当時自分がよくわからないからわからないラベルつけたんだし、中身なんて自分じゃすっかり忘れています。

黒い箱にいれてネガティブってラベル貼ったものに至っては、もう自分から開ける気もしない〜 そのままにするか、何かに使うか、別の色の布でもかけておくか〜

 

箱のなかにあるものは、痛みかもしれないし、苦しみかもしれないし、恨みかも恐怖かも憤りかもしれない。全くの勘違いかもしれないし、シンプルな思い込みかもしれない。

モヤモヤした気持ちやザワザワする落ち着かなさや具合の悪さといった呼びかけに応えて、箱をあけてひらいてみて、またはよく見えるようにして『なんだかよくわからない』から、『これだったんだ』そして癒しと学びのなかで『自分の自由に使えるエネルギー』に変わったら、どうなると思いますか。

自分の部屋というか、目に見えない部分まで含めた自分自身のエネルギーフィールドが、どう変わっていくと思いますか。

 

スピリチュアルヒーリングは、そんな場だと言ってもいいかもしれません。

善悪や白黒を越えて人に癒しと学びがもたらされます。

一人じゃ手に負えないときは、誰だって時にはあるものです。

そんな時に、出会うものなのかもしれません。